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仙台地方裁判所 平成8年(行ウ)10号 判決 1997年8月28日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 織田信夫

被告 仙台法務局登記官 Y

右指定代理人 伊藤繁

同 萱場久美子

同 及川正宏

同 三浦幸二

主文

一  被告が平成八年九月一二日付けで原告に対してなした原告の仙台法務局同月二日受付第六一九六七号所有権移転登記申請を却下する旨の決定はこれを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、相続人の一人である原告に遺産全部を包括して遺贈する旨記載された遺言公正証書を、「相続を証する書面」として、遺産である不動産について相続を登記原因とする所有権移転登記を申請したが、被告から、相続を証する書面の添付がないとの理由で却下されたため、被告に対し、右却下決定の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  A(以下「A」という。)は、昭和六二年一二月一四日、遺言公正証書(以下「本件遺言書」という。)をもって、「遺言者はその所有に属する遺産全部を包括して遺言者の長男X(昭和一四年○月○日生)に遺贈する。」との遺言(以下「本件遺言」という。)をなし、同人は平成八年六月四日死亡した。右のとおり、原告は、Aの長男であり、その相続人の一人である。

2  原告は、同年九月二日、被告に対し、戸籍謄本等と共に右遺言書を「相続を証する書面」として、別紙物件目録記載の各不動産につき、相続を登記原因とするAから原告への所有権移転登記を申請した(以下「本件申請」という。)。

3  被告は、同月一二日、右申請に対し、申請書に必要な書面(相続を証する書面)の添付がないとの理由で、不動産登記法四九条八号の規定により、これを却下する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。

三  争点

本件の争点は、本件遺言書が、不動産登記法四一条の相続を証するに足るべき書面といえるかという点になる。

1  原告の主張

(一) 本件遺言は、相続分の指定をしたものと解すべきであり、本件遺言書は、相続を証する書面に該当するから、本件申請を却下した本件決定は違法である。

(二) すなわち、法律行為としての遺言の解釈は、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきであって(最高裁判所第二小法廷昭和五八年三月一八日判決、判例時報一〇七五号一一五頁)、包括遺贈の文言が使われているからといって、それ以外に解釈してはならない理由は全くない。

まず、包括遺贈による受遺者が、相続人と同一の権利義務を有すると定める民法九九〇条は、包括遺贈として本来民法が予定しているのは相続人以外の者に対する場合であることを示しており、相続人に対する包括遺贈は、相続分の指定と解すべきである。

そして、本件遺言は、遺産の全部を包括して遺贈するとの文言が用いられているが、遺言者の真意は、自分の遺産を、一切合切長男である原告に相続させることを意図したものであり、相続分を指定したものであることが明らかである。

現に、登記実務においても、相続人全員に対する包括遺贈は、相続分の指定とみて、相続登記をすべきとする取扱いとなっている。このように、包括遺贈の文言が用いられている場合でも、その文言にこだわらず、相続を登記原因とすべき場合が認められているのであるから、文言のみを理由とする被告の形式論理は破綻している。

(三) 一方、右のとおり包括遺贈の文言が用いられている本件遺言書を、相続を証する書面として扱っても、登記手続や市民の権利義務に生じる不都合はない。ただ、遺贈登記の登録免許税額が不動産の価額の千分の二十五であるのに対し、相続登記であると千分の六になることにより、国家財政に多少の影響があるというに過ぎない。本件における被告の取扱いは、本来国民のためにある登記手続の中で、最も尊重すべき遺言者や登記申請人の意思を無視するものである。

2  被告の主張

(一) 本件遺言は、遺贈を内容とするものであって、本件遺言書は、相続を証する書面に該当しないから、被告のした本件決定は、適法である。

(二) 民法九九〇条は、包括受贈者の地位を相続人と同一の権利義務を有するものと定めているが、遺贈と相続は根本的に相違する。すなわち、遺贈は、遺言者の意思を反映させた遺言によって行う無償の財産処分であるのに対し、相続は、被相続人の死亡によって無条件に開始し、被相続人の財産の帰属についても被相続人の意思が反映する余地はなく、例外を除いて相続人及び相続分が法定されている。さらに、遺贈は、条件、期限を付し得るし、受遺者も権利能力者であれば十分であるから、欠格者を除き制限がなく、法人であっても、相続人であってもよい。原告の主張は、右遺贈と相続の本質的な差異を無視したものである。

(三) 我が国の不動産登記制度において、登記官の審査権は、権利の登記については形式的審査権を採用しており、登記官は、登記申請が実体関係と符号しているかどうかを申請書類及び登記簿によって審査すれば足りる。遺言に基づく登記においては、登記実務は、遺言書に表明された遺言者の意思の尊重を基本として合理的にその趣旨を解釈しており、被相続人が相続人に対して相続財産の全部を包括的に贈与する旨の遺言があるときは、遺言書に他に相続分の指定と解される記載がない限り、その相続財産全部の処分を受ける者が相続人中の一部の者である場合は、当該処分による所有権移転登記の登記原因は遺贈とし、その処分を受ける者が相続人全員である場合には、遺言の趣旨が相続分の指定と同趣旨であるとして、その所有権移転登記の登記原因を相続としている(昭和三八年一一月二〇日民事甲第三一一九号民事局長電報回答)。

(四) 原告の主張する最高裁判決は、その主張する部分に続けて、「遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。」と判示している。これに対し、本件遺言書は、原告に遺産全部を包括遺贈する旨の第一条のほかは、第二条で遺言執行者を指定するのみであり、相続分の指定の方法を取らず、公証実務で一般的になされているような「相続させる」旨の記載をすることもなく、まさに包括して遺贈するとの文言を用いており、他に相続分の指定と解される記載も一切ない。「相続させる」旨の記載の場合は、その文言上、遺贈なのか、相続分の指定なのか、遺産分割方法の指定なのかが必ずしも明確ではなく、そのいずれと解すべきかが問題となるが、本件ではこれと異なり、遺言書の記載から包括遺贈以外のものとみる余地がなく、したがって、本件遺言書において表明されている遺言者の意思が包括遺贈であることは明らかであって、遺言書の解釈上、遺贈と解することに疑問の余地はない。

第三争点に対する判断

一1  遺言の解釈にあたっては、一般に、文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであり(前記最高裁判決参照)、右の趣旨は、不動産登記申請の際に添付書類として提出された遺言書の遺言の解釈にあたっても、基本的に妥当するものと考えられる。

もっとも、我が国の不動産登記制度において、権利に関する登記については、登記官の審査権限がいわゆる形式的審査権にとどまるとされており、登記官の審査は、原則として、申請にあたって提出された書類と、これに関連する登記簿のみを資料として、不動産登記法四九条各号に掲げる事由が存在する場合に限って申請を却下するという形で行われることになる。しかしながら、右のとおり審査の資料が申請書類と登記簿に限定されることと、申請書類として提出された遺言書に記載された遺言の内容をどう解釈すべきかの問題とは、もとより別個のものであって、登記官は、登記申請に際して添付書類として提出された遺言書の遺言の内容につき、文言どおり形式的に解釈すれば足りるわけではなく、右限定された審査の資料と経験則を基にして、右遺言解釈の原則どおり、可能な限り遺言者の真意を探究してこれを解釈することが求められるというべきである。

2  そこで、本件のように、遺言者の財産を相続人の一人に対し包括遺贈する旨の遺言について、遺言者の合理的な意思内容を考察するに、確かに、現行法上は、遺贈と相続には、その要件、効果において明確な違いが設けられている。

しかし他方において、経験則上、遺言をしようとする一般人に、右のような違いが認識されているとは到底考えられず、包括遺贈する旨の遺言をなした場合でも、右の違いについて特に専門家による説明を受ける等しない限り、遺言者としては、せいぜい自己の所有する財産の全てを一人の相続人に引き継がせるという程度の意思内容にとどまり、その法律的な構成を、遺贈とするか、相続とするかというところにまで意識が及んでいないのが通常であると解せられる。現に、本件においても、遺言者であるAは、原告代理人に対し、自分が死んだら財産は長男である原告にあげたいのでそのような手続をとって欲しい旨依頼したに過ぎず(甲三)、Aとしても、まさに右遺贈と相続の違いについて特別認識していたわけではないことが認められる。

3  そして、従来の登記実務の取扱いにおいても、被相続人が相続財産の全部を相続人の一部の者に対し、「包括遺贈」する旨の遺言があるときは、その所有権移転の登記は遺贈を原因としてすべきであるが、なお、その処分を受ける者が相続人の全員である場合には、相続を登記原因とすべきとされていた(前記昭和三八年民事局長電報回答、乙一)。しかしその後、本件と類似の長男甲、二男乙の推定相続人のあるXが、「その遺産全部を長男甲に相続させる。」旨の遺言をした場合にも、相続を原因とする所有権移転登記をすることができるものとされた(昭和四七年四月一七日民事甲第一四四二号民事局長通達設例(4)、乙二)。すなわち、右昭和四七年の民事局長通達自体、被告の主張するような、遺贈は、遺言者の意思を反映させた遺言によって行う無償の財産処分であり、相続は、被相続人の死亡によって無条件に開始し、被相続人の財産の帰属についても被相続人の意思が反映する余地はないとの法的な相異は全く捨象され、遺言者の意思に基づいて、その相続財産の全部を相続人の一人に対して包括的に帰属せしめる場合においても、その遺言の文言が「相続させる」とされていれば、登記申請の面においては、これを「包括遺贈」ではなく「相続」として取り扱うことを是認しているのである。

4  右のとおり、遺言書に「相続させる」旨記載した場合と、「包括遺贈する」旨記載した場合とでは、いずれも遺言者の財産全部が受遺者(相続人)の所有となるという効果に違いはないにもかかわらず、これら遺言に基づいて所有権移転登記がなされる際に徴収される登録免許税については、前者によれば、不動産の価額の千分の六で済むのに対し、後者によれば、千分の二十五と、相続の場合の四倍以上の課税がなされるとの不都合な結果となっていた。

しかし、公証人の間で、このような遺言書の形式的な文言の違いのみによって遺言者の利益に大きな影響を与えることの不合理が問題として取り上げられるようになった。そして、昭和五二年の時点では、既に、遺言公正証書の作成にあたっては、公証人が右の税額の違いについて説明し、これによって、嘱託人は、皆「相続させる」との文言を選択するようになり、それが公証実務における常識となっていた(甲四)。

このような事実に照らせば、自己の所有する財産を相続人に引き継がせるという程度の意思内容を有しているにとどまる遺言者が、このような違いを知ったならば、当然、受遺者(相続人)の負担する税額の少ない方を選ぶとみるのが合理的である。

二1  実際にも、本件においてAは、昭和六二年一二月一四日、前示のとおり原告代理人に対し、自分が死んだら財産は長男である原告にあげたいのでそのような手続をして欲しいとして遺言書の作成を依頼し、右代理人は、仙台法務局所属公証人に対し、その旨の遺言公正証書の作成を嘱託したところ、同公証人からは、右の登録免許税額の相異や当時の公証実務についての示唆を受けることのないまま、本件遺言書の作成に至ったものであるところ(甲三)、このように公正証書の作成を嘱託された公証人が、前記のような当時の公証実務の一般的な取扱いに反して、遺言公正証書に「包括遺贈する」旨記載した場合と「相続させる」旨記載した場合との違いについての説明をしなかったために、遺言者の財産を譲り受ける者に不利益が課され、遺言者の合理的意思に反する結果となることは、いかにも不合理であるといわざるを得ない。

2  さらに、登記実務の取扱いの上においても、既に、一方において、「相続させる」旨の遺言については、その文言のみを重視して、相続財産全部の処分を受ける者が相続人全員である場合と相続人の一人である場合とを問わず、相続を証する書面に該当するとして、その実体法上の法的な性質を無視するような取扱いをしておきながら、他方において、相続財産の全部を「包括的に贈与する」旨の遺言があるときであっても、相続財産全部の処分を受ける者が相続人全員である場合には、遺言者の意思を尊重して、遺言の趣旨は相続分の指定と同趣旨であるとし、その所有権移転登記の登記原因を相続としているのであり、遺言の文言が「相続」か「遺贈」かという違いのみを右区別の基準とすることを徹底しているわけではない。このように遺言者の合理的な意思を尊重するとしながら、本件のように処分を受ける者が相続人の一人である場合についてだけ、遺贈と相続の違いを理由に、遺言の文言を形式的に重視して、相続分の指定とは解されないとしているのは、統一を欠いた恣意的な取扱いであるとの批判を免れない。

三  以上の検討に鑑みれば、「遺言者はその所有に属する遺産全部を包括して遺言者の長男X(昭和一四年○月○日生)に遺贈する。」旨の本件遺言の内容について、当該遺言に表明されたAの合理的意思は、経験則上、特段の事情がない限り、その文言の違いによって所有権移転登記申請における登録免許税の額に差異が生じるとするならば、その文言如何にかかわりなく、相続人たる原告に有利な方法を選択したものと推認することができるところ、右特段の事情の認められない本件にあっては、本件遺言書は、相続分の指定をしたものと解すべきであり、これに反する現行の登記実務は統一性、合理性を欠き、この解釈の妨げとはならないものというべきである。

四  したがって、本件遺言書は、不動産登記法四一条の相続を証する書面に該当するから、同書面の添付がないとして本件申請を却下した被告の本件決定は、不動産登記法四九条に違反する。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梅津和宏 裁判官 大野勝則 大澤知子)

<以下省略>

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